先日、元タレント中居正広氏の女性トラブルに関するフジテレビの対応を巡り
株主である下野創さんが親会社フジ・メディア・ホールディングスを提訴されました。
そんな下野創さんは、フジテレビの番組が好きだとした上で
「不祥事があっても包み隠さず対処してほしかった。独創的な番組をまた作り、見てもらえる環境になってほしい」
と語られていました。
そこで今回、下野創さんの弁護を担当されることになった河合弘之さんについて徹底調査してみました。
そして河合弘之さんの評判や事務所についてまとめてみましたのでご覧ください。
【フジテレビを訴えた弁護士】
・河合弘之の評判や事務所について紹介
河合弘之がフジテレビを訴えた下野創さんの弁護士に就任
元タレント中居正広氏の女性トラブルに関するフジテレビの対応を巡り
親会社であるフジ・メディア・ホールディングスの株主・下野創さんが株主代表訴訟を東京地裁に起こされました。
下野創さんは、日枝久取締役相談役や港浩一前取締役など当時の経営者人に対して、233億円を同社へ支払うよう求めました。
そんな下野創さんの弁護を河合弘之弁護士が担当されるようです。

それでは、フジテレビを訴えることとなった河合弘之弁護士のプロフィールについてご紹介していきます。
【フジテレビを訴えた弁護士】河合弘之のwikiプロフィール経歴について
フジテレビを訴えた弁護士・河合弘之先生のプロフィールについてご紹介していきます。

河合弘之
読み方:かわい ひろゆき
生年月日:1944年4月18日
年齢:80歳(2025年3月現在)
出身:中国長春市
(旧:満洲国新京市)
所属事務所:さくら共同法律事務所
<弁護士会・団体活動>
・第二東京弁護士会
弁護士業務委員会委員長
・第二東京弁護士会
綱紀委員会委員
・日本弁護士連合会
公害対策・環境保全委員会副委員長
河合弘之先生は、1967年東京大学法学部在学中に司法試験に見事合格。
その翌年、1968年3月に東京大学法学部を卒業されました。
そして1970年4月に司法修習生を終了されると、第二東京弁護士会登録され虎の門法律事務所に勤務。
ここから河合弘之先生の弁護士人生がスタートしました。
そんな河合弘之先生が初めて弁護士の道を選んだのは、小学4年生の頃でした。
その時、学校の先生に「河合くんは良く喋るから、弁護士になったらいいよ」といわれ
その言葉がずっと印象に残っていたことが弁護士になったきっかけだと語られています。
河合弘之先生は弁護士になって2年目、1972年に独立、竹内康二弁護士と竹内法律事務所開設されました。
そんな河合弘之先生が、まだ駆け出しのころは、社会派弁護士として過激派や労働組合の弁護を受け持っていたそうです。
しかし、ビジネス分野を専門とする企業弁護士へ一転。
そこからは、ダグラス・グラマン事件を始めとし、様々な事件の弁護を受け持ってこられました。
それでは、河合弘之先生の事務所や評判、活動内容についてそれぞれ詳しく見ていきましょう。
河合弘之のwikiプロフィール経歴 ①活動内容(実績)
フジテレビを訴えた弁護士・河合弘之先生の活動内容についてご紹介していきます。
河合弘之先生がこれまでに担当された事件について、一覧にまとめてみましたのでご覧ください。
・1986年:平和相互銀行事件
・1987年:光進事件
・1989年:忠実屋・いなげや事件
・1990年:東京協和信用組合
安全信用組合事件
・1990年:蛇の目ミシン工業事件
…など
河合弘之先生は、弁護の仕事だけでなく支援活動や著者など様々な活動をされているようです。
そんな河合弘之先生は、幼い頃に中国からの引揚げを経験されました。
この時、後数日帰国が遅れたら命はなかったかもしれないと語られています。
そして、河合弘之先生は元々1つ下に弟がいました。
しかし、まだお父さんが産まれたばかりの頃に日本に引揚げられ、お母さんの母乳は出ず、ミルクも無く、栄養失調により息を引き取られたそうです。
もしかしたら、自分も同じようになっていたかもしれない。
そのような想いから河合弘之先生は『人道支援』という活動をされているようです。

中国残留孤児の国籍取得や日本への帰国支援。
そして、日本語が話せない彼らが、日本で楽しく暮らしていけるようにと始めた生活支援など
河合弘之先生は、自分と同じ思いをしないようにと様々な支援活動をされていました。
他にも、河合弘之先生は『逆襲弁護士 河合弘之』や『脱原発』、『原発訴訟が社会を変える』などいくつもの本を出されています。


河合弘之のwikiプロフィール経歴 ②評判
フジテレビを訴えた弁護士・河合弘之先生の評判についてご紹介していきます。
河合弘之先生は、かつて政財界にその名を轟かせたスゴ腕の企業弁護士と言われていたようです。
1970年代の終わり頃、巨大汚職事件の国会証人喚問の随伴者となり、河合弘之先生は脚光を浴びることになりました。
そんな河合弘之先生は、本人曰く、関与した大型事件の数々は道徳的に健全とは言えず「悪いこともたくさんしました」と語られています。
「何人もの悪党を弁護しました」と語りながらも
現在では、無給で8割ほどの時間を電力事業者と政府を相手に法廷闘争に費やすなど社会貢献のために法律を使い戦っているようです。
河合弘之のwikiプロフィール経歴 ③事務所
フジテレビを訴えた弁護士・河合弘之先生が所属する事務所についてご紹介していきます。
河合弘之先生は、さくら共同法律事務所所長を務められています。
さくら共同法律事務所について一覧にまとめてみましたのでご覧ください。
このさくら共同法律事務所では、下記の理念を持って活動をされているようです。
法の支配を重んじ、
貧富を問わず、
依頼者の権利及び利益を最大限擁護し、
権力におもねることなく、
世界的な視野に立ち、
弁護士倫理を遵守し、
誠実に職務を遂行し、
社会に貢献する引用元:さくら共同法律事務所
河合弘之のwikiプロフィール経歴についてまとめ
ここまで河合弘之のwikiプロフィール経歴についてご紹介してきました。
最後に河合弘之のwikiプロフィール経歴について、一覧にまとめてみましたのでご覧ください。
【プロフィール】
読み方:かわい ひろゆき
生年月日:1944年4月18日
年齢:80歳(2025年3月現在)
出身:中国長春市
(旧:満洲国新京市)
所属事務所:さくら共同法律事務所
<弁護士会・団体活動>
・第二東京弁護士会
弁護士業務委員会委員長
・第二東京弁護士会
綱紀委員会委員
・日本弁護士連合会
公害対策・環境保全委員会副委員長
『実績』
・1986年:平和相互銀行事件
・1987年:光進事件
・1989年:忠実屋・いなげや事件
・1990年:東京協和信用組合
安全信用組合事件
・1990年:蛇の目ミシン工業事件
…など
河合弘之さんはこれまで弁護士として、そして1人の人間として様々な人を助けて来られました。
そして80歳となった今、今回は下野創さんの為に弁護士として戦われるようです。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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